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「走れメロス」 掲示板 |
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当ホームページでは、「走れメロス」掲示板と題した読み物を掲載しております。「太宰治について」とか「太宰治まなびの家について」などをテーマに、様々な方に様々な角度から語っていただいております。 佐々木宏一 さん（文芸誌『無名群』同人） 2017.12 住居は、時代のタイムカプセルです。 私のような昭和二十年代に生れた人間にとって、「太宰治学びの家」と称される藤田邸は、建物の佇まいといい、一歩内に足を踏み入れた瞬間の感覚といい、どこかタイムスリップしたような気分にさせてくれます。 玄関から続く、現在は見学者の沓脱になっている土間は、それ自体が子供の頃の記憶に繋がります。私の生まれた町にも、旧い家には、裏手に通じる「通り土間」があり、地面を固く叩いただけの廊下兼通路になっていました。小学校の低学年まで、夏休みになると、開けっ放しの入口から裏口へ、土間を吹き抜ける風に追われるように、鬼ごっこをして駆け回っていた思い出があります。 それから、土間と座敷の位置についても、かなりの高低差があったのだと、藤田邸を見てあらためて思いました。そうしてみると、身の丈の低い子供にとって、座敷と土間の上がり下りはとても難儀なものでした。 その土間の左手は、学びの家の解説をしてくれる方の部屋です。日曜日には、私の大学時代からの畏友である瀬川紀雄氏が詰めていますので、時々立ち寄って四方山話をすることもあります。夏など、窓から侵入した風が、通り土間を軽々と乗り越え、文学講座の会場になっている広間をさっと過ぎて、広く開け放した縁側から、深緑の植栽が眩しい日盛りの屋外に抜けて行きます。そんな時、ふっと、「はつなつのかぜとなりたや」の詩を連想してしまいます。 いったい、風のなにが、私にそんな思いを起させるのでしょう。 きっと、吹き迷ってこの屋に入り込んだ風が、この家の帯びている時代に染まり、私に、とても懐かしい匂いを残して行ったからに違いありません。 私が太宰と最初に出会ったのは、高校の頃であったと思う。少年期から青年期へと移行するアドレッセンスの真っ盛りであり、当時私は自意識過剰な「私」という存在に取り憑かれながら、暗い青春の日々を過ごしていた。それは誰でもが皆その心の奥底に持っている永遠の光と影の季節であり、私達はその「季節」を自らの手で処刑することで、「大人」になっていく。それはまた残酷な「喪失」という名の儀式でもあった。 だから当時の私にとっての太宰とは、名作と言われる「走れメロス」や「津軽」及び「お伽草紙」の作家としてではなく、「斜陽」や「人間失格」及び「グットバイ」の太宰であった。いやもしかしたら私は文学がもつそれらの作品の「虚構」性以上に、大地主の家系に生まれた罪の意識や四回の自殺未遂、アル中及びパビナール中毒、芥川賞の嘆願の手紙や落選、そして玉川上水での情死の果てにこの世を去った太宰のそんな生き方そのものに、「私達は何故生きるのか」の問いの答えをも求めていたのかも知れない。そしてある時期から私は太宰の作品を読むことをプッツリと辞めてしまった。私自身に「７０年代」というもう一つの青春の「季節」が訪れたのである。それ以来私の書棚には「太宰治全集」が一度も開かれることなく眠ったまま並べられている。 ところで私達が生きるためには「物語」が必要である。多分私達が死ぬためにもである。それは現実に対する虚構としての「物語」であるというよりは、遠い昔から私達の「生」に血肉化された共同幻想であり、私達が生きる行為自体が「物語」であろう。それは言語・慣習・宗教・法・国家という物象化された諸思想・制度を構築するとともに、なによりもまず私達の日々の営みにおいて「愛」・「喜び」・「憎しみ」・「怒り」等の共同幻想として顕現する。だから「私達は何故生きるのか」という問いもまた、そんな答えなき「物語」の一つであろう。 そんな私達の一人である私にとって、今「太宰治とは何であったのか」と問われれば、次のように答えるしかない。太宰の生まれ故郷である金木の芦野公園の湖畔に建立された文学碑。学友の阿部合成の手によって製作された、鉄格子と不死鳥のレリーフが施された碑の中央にあるヴェルレーヌの次の一節。それは太宰も常に愛唱していた「撰ばれてあることの恍惚と不安二つわれにあり」という『詩』の一行そのものであると。そう、今は既に遠く去った私の ADOLESCENCE 期における鮮やかな光と影の証しとしてである。 (2016.4.5) |